涙のスピーチをしてくれました
涙の理由はそれぞれだしわからないけど
『感謝』って言葉を何度も言ってたな〜
なんかそんな姿を見てたらいろんな事を考えてしまった
思えば自分は親に散々迷惑かけた
美容師やりたくて高校中退して
でも実際どうしていいか分からず
半年間くらい漁師やったりした
その後ある人が背中を押してくれて
駄目元覚悟で北海道、函館のある美容室に駆け込んだ
その時なんて17歳のガキんちょで
いっちょ前にやる事やってない癖に
大きな夢だけはあった『BIGな美容師になる』
その美容室で怖そうな主任さん(すみませんw)に
『給料いらないので働かせて下さい!!』
と頼み込んで美容院に就職できた事
美容学校も通ってなくて
ただ『いずれは東京で働きたい!!』って意気込む自分を
函館にいながらも東京の六本木の学校に通わせてくれた両親(結構かかったと思う・・)
そんな事考えたら確かに
沢山の人に『感謝』って言葉しか思いつかないな
途中でこっち出てきて
学校通いながら横浜の美容院で働いた4年間
沢山の先輩に沢山の事を
生意気な18歳の自分に教えてくれた
給料も少ないのに
調子に乗ってアメ車買ったりバイク買ったり
働きながらも夜な夜な遊び歩いてた事もあった(悪い事はしていませんw)
17歳の時に描いてた大きな夢
『BIGな美容師になる』
その夢が心にありながら
なぜか頑張れない自分に嫌気がさした事もあった
20歳
『もっと死ぬ気で美容師したい』
本気でそう思った時
なにも考えずに横浜のサロンを飛び出して
その足でGARDENの面接を受けた
2、3回面接に行って
何度も『お前はGARDENに合わない』って言われた
それでも『どんなに辛くても死んでもやめません!!!』
て言って食らいついて合格もらった
死ぬ程嬉しかった
そこから『死ぬ気でやったろ』
って思い続けたアシスタント時代
誰よりも練習したし努力した
ミーティングで
『この有名店のアシスタントは意外とたいした事ありませんね』
とか調子に乗った事言った事を覚えてる
でもそれくらいプライド持って仕事してたし
そのくらい本気でやってたな
そんな長い長いアシスタント時代を
ずっと支えてくれたのは紛れもなく両親だった
そんな最高の親裏切って
辛いからって美容師諦めますか?
陰でずっと支えてくれながらも自分が東京で頑張ってるって
自慢げに友達に話してる両親を知ってたし
死んでも裏切れないって思った
だから早くスタイリストになって自分が言ってた夢や目標を
有言実行してやろう
それがまずは1番の親孝行だと思ってたし今も思ってる
今改めて思うのは
きっと人は『誰かのために頑張ってる』
そんな奴が本当に頑張れる
・・・そんな事を朝礼で涙を流す
今日からスタイリストの隆太郎を見て思った
みんないろんなドラマがあって今がある
だから改めて
自分の今までを無駄にしない自分でいたいし
これからも
『今めっちゃ辛い』って思ってる自分であり続けたい
それが成長してる証拠だと思うから
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